嬉遊曲バナ
企画・原案・ディレクション・シナリオその他
通信販売中

HentaiJapanimation4seasons

四季折々のへんじゃぱ

スポンサーサイト

2005.08.23 Tuesday

一定期間更新がないため広告を表示しています

- | - | -

本田透『電波男』

2005.05.01 Sunday 21:12
 あー、領収書切っとくんだった。なんの名義で?

 よくまとまってるし、読ませるけど、正直、何を当たり前の話を、という気もしなくはない。
 俺はこういうのを男女共学の制度疲労、と呼びますけれど。共学出身者の恋愛・モテへの渇望って正直理解はできても全然実感できないっす。
 まあ、一応ご確認、という感じ。
 ファーストプレイでバッドエンドにたどり着いてしまった時の心の痛みを忘れられる人は立派なオタクなんでしょうか、ところで。
 全ての可能性と事象が時系列と無関係にばらまかれている世界総体、というものを考えるとして。それを人間の認識が拾っていく事で時間秩序、事実と可能性の区別が生まれるのだとすれば、どんな展開も存在はし、しかし認識されないだけ、と言えるのかしら。言ってどうするのかしら。でもそう言わないとバッドエンドにたどり着かせてしまった事をどうできるのか。やさしいオタクに。そしてそう考えるのならばレイプとあk、したっていいじゃん?
 眠いので意味わかんなくてごめん。

追記;
 大きな物語=信仰=愛、とすると、オタク/萌え論としては『動物化するポストモダン』と好対照をなすはず。
 そのへんなんかないっすか、みなさん。
 あと、愛が神のオルタナティブである、というのはある程度自明な事だと思うんだけれど、だとするとイザナギ・イザナミの男女一対の神からはじまる日本神話ってどうなん、みたいな話も誰かしようよ。
 みんなオタクになると子供が生まれないってのはあれだ、人工生殖の一般化まで、最早若干の技術的困難があるのみ、だと俺は思うけどね。
| comments(4) | trackbacks(0)

スポンサーサイト

2005.08.23 Tuesday 21:12
- | - | -

コメント

>kagamiさん
 『灯穂奇譚』面白そうですね。
 それはそうと、『花咲くオトメのための嬉遊曲』も結構そんな話です。
 やっていただけたでしょうか?
| かおる | 2005/05/08 2:14 AM |
恋と神祇は似ているはずだ、と。
http://www.mizu-kagami.jp/tousui/tousui_index.html
同人ゲーム「灯穂奇譚」がちょうど
こういった話ですよ。
言語の先に在る根の国・死の扱い方が抜群で、
感心致しましたね…。
哲学的な衒学趣味の伝奇ホラーとして
抜群の出来映えですが、それに留まらず、
非常に深い、普段意識から隠蔽されている
言語の限界性、意志の限界性にまで考えさせられる
とても素晴らしい作品でした。
私がこれまでやってきた同人ゲーの中で、
正直月姫を超えたかと。深く考えさせられる出来です。
お勧めですよ〜(^^)
| kagami | 2005/05/07 7:00 PM |
 「大きな物語」はリオタールの原義を離れて色んな意味で使われる言葉で、まあどうしたもんかって感じですが。

 日本文化において恋愛が占めてきた特異な地位についての仮説なのですが、生に意味を付与する機能という意味で他の文化では宗教が占めているような地位までをも占めているのではないか、というのを長年温め続けておりまして。
 恋と神祇は似ているはずだ、と。
 『電波男』はその辺まで突っ込んではくれていない、という意味でぬるいです。
| かおる | 2005/05/06 9:10 AM |
ちわ。
>イザナギ、イザナミ
知識人において日本の神道系列はあんまり参照されないというか、すぐに「国家神道」な話とごっちゃになるんで避けられてるんじゃないかと推測します。
あとは、西洋哲学とキリスト教は結びつきが強いから、そのせいなのかも。
>大きな物語
ここの部分の為に書き込みを躊躇してたました。
が、おもいきって自説を書きますと、私、日本に「大きな物語」っていうもの自体が無かったんじゃないかという考えだったりします。 なんで対抗する言説として「大きな物語」を誰かが使う分にはかまわないんですけど、自分からはそういい出せないんで、コメントに困っていた次第です。
誰か分かる人に出てきて欲しいですねえ。
| 半々’s | 2005/05/05 11:36 PM |

コメントする










この記事のトラックバックURL

http://kaolu4s.jugem.jp/trackback/236

トラックバック